2016年 05月 03日
さあ、世界史を語ろう。第101回 元朝崩壊。 |
白蓮教などという邪教集団が暴れたとか、塩の闇商人が暴動を起こしたからという理由だけで国家権力が揺らぐということはない。そうしたことも元朝が倒れる原因のひとつであろうが、直接的な原因になったとは思えない。いくら、他民族支配への抵抗があったとはいえ、相対的な原因にとどまるものであろう。
とすれば、元朝崩壊を自滅と仮定して、そこに至るまでの元朝内部の問題は何かということになろう。それには例えば、相続制度の未整備や官僚養成制度の不備などの問題があるであろうが、たとえそれらが整備されていたとしても、他民族をいつまでも支配しつづけるということ自体に問題がある。
結局、そのようなことを続けるというのは相当に困難である。ことに、元朝は中国本土を支配したの歴史上最初の異民族王朝である。歴代の中国王朝の統治方法を参考にしたとしても、支配を受ける側からすれば、違和感を感じざるをえないであろう。それは内部的な問題を解決したからといって、ぬぐいきれるものではない。
その結果が元朝崩壊に至ったと解するが、一方の市民社会にしてみると、元朝が元のとうりモンゴルの草原に帰ったとしても、市民社会そのものは依然として残ったままなのであり、では、その後は、誰がその市民社会に秩序を与えるのかということが次の重大問題となる。
とすれば、元朝崩壊を自滅と仮定して、そこに至るまでの元朝内部の問題は何かということになろう。それには例えば、相続制度の未整備や官僚養成制度の不備などの問題があるであろうが、たとえそれらが整備されていたとしても、他民族をいつまでも支配しつづけるということ自体に問題がある。
結局、そのようなことを続けるというのは相当に困難である。ことに、元朝は中国本土を支配したの歴史上最初の異民族王朝である。歴代の中国王朝の統治方法を参考にしたとしても、支配を受ける側からすれば、違和感を感じざるをえないであろう。それは内部的な問題を解決したからといって、ぬぐいきれるものではない。
その結果が元朝崩壊に至ったと解するが、一方の市民社会にしてみると、元朝が元のとうりモンゴルの草原に帰ったとしても、市民社会そのものは依然として残ったままなのであり、では、その後は、誰がその市民社会に秩序を与えるのかということが次の重大問題となる。
by milionpara39
| 2016-05-03 15:30
| 歴史分析
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